宴の始末  夢 鏡 後日談 宮原 朔様 side



 けたたましいまでに鳴った携帯電話のアラーム音は、銀龍の意識を強制的に現実世界へと引き戻す。頬に散っていた銀髪を苛立たし気に指でかき揚げてから、仮眠用のベッドから身を起こした。すると、図ったように今度は呼び出しの院内用PHSが鳴り、思わず舌打ちする。受け持ちの入院患者には容態が急変するような人物はいなかったはずだ。と、すれば急患か。

 酷使し続けた目がずきりと痛んだ。しかし、前世に比べればマシだ。あの頃はそんな肉体的疲労の上に精神的な疲労がのし掛かっていた。 今のように患者の事だけを考えていればいいなんて、幸せな人生を送っていると思う。それに引き換え勘兵衛は、どう足掻いても難しい生き方を選択する運命のようだ。

 先日起きた抗争…とまではいかないが結構な実害を被ったゴタゴタは、最終的には総代同士の会談によって手打ちとなったが、その発端となった“彼”の事はなかなか整理がつかぬらしい。

   欲しい…のだろうな。

 近頃勘兵衛は、何か抗えぬ感情を殺すように瞑想することが多くなった。 家業が家業だからと、この世のどこかで幸せに生きていてくれればいいと、七郎次を探さなかった。しかし、その彼に瓜二つとも言える男に出会った時、結局身辺を探ったのはどうしてもその感情を諦めきれなかったから。
 騒動の後、銀龍は噂の彼と会う機会があった。鬼神との交渉を円滑に進める手札となる証拠資料を押収するため、政治家の事務所に忍び込んだ時かち合った関西訛りの兄さんに、いきなり呼び出されたのだが、会ってみればなるほどよく似ている。しかし、自分達の知る彼ではないと何故かはっきりわかるのだ。本当に何故かはわからないが。




     ◇◇



 結局、呼び出しは急変でも急患でもなく来客だと言われ、ならばと最低限の身支度を整えるためにトイレで顔を洗う。冷たい水に触れ意識が少しはっきりした。つくづく不摂生な生活を送っていると思いつつ、鏡に映った自分の顔を見て、そろそろ三十になるんだよなぁ、と少し年齢を感じてしまったり。

    結婚、か…。

 前世はそんな事より明日を生き抜くことしか考えなかったけれど。

    「誰か貰ってくれる人いないかねぇ」

 医局に近付くにつれ、ナース達が黄色い声を上げているのがわかる。案の定医局のドアにへばりついているナース達の間から体を捩じ込めば、医局の中に男性職員達からの殺気が漂っていた。そしてあまり使われることのない応接セットのソファーに優雅に座る男が一人。


    「お久しぶりです。良親殿」





       ◇◇



  「今日は運転手連れてきたんだな」

 静かな車内、銀龍は隣の美丈夫へと言葉を投げる。先日は良親自らがハンドルを握っていたけれど、今日は専属らしい運転手が大層なこの車を走らせていた。
「肩が痛むのか?」
 彼は苦笑しただけで何も答えなかった。もう一月以上経っているが、寒い時期の怪我というのは後々まで尾をひく。
「銀龍はんの方こそ、大丈夫なん?」
「鎮痛剤を服用している。問題ない」
 根性あるなぁ、と良親は笑った。あの時、たった数日で退院して仕事を始めた時は本気で心配したものだ。

   「…なぁ、良親殿。私は先日の騒動の後、六葩に聞いた事がある」
   「何を?」
   「何故、鬼神の奥方をあのままかっ拐わなかったのかとな」
   「物騒な話やね。で、六葩はんは何て?」

 あのまま拐うことも出来たではないか、欲しいのだろう?、と。

   「家に着いてすぐ、振り向きざまに張り倒されたよ」
   「なっ、それは御愁傷様やったなぁ」

 余裕綽々とした顔をしているけれど、彼の心の中はぐちゃぐちゃだったのだろう。冗談と解りきっているものに、感情が沸騰してしまうほど。

  「ガス抜きだよガス抜き。で、今日の御用は?」
  「そないなこと言って、嫁に行けなくなってしまうで?まったく。
   御用はこないだの政治家センセの件の報告書を渡そう思うてな」

 六花会と繋がりを持っていた件の政治家の他に何人か芋づる式に悪行がバレたらしい。

  「うちの総代と六葩はんがした約束には触れてないと思うんやけど、
   一応六葩はんに確認してもろうて」
  「承知した」

 差し出されたCD-ROMを受け取ろうとした手の手首を良親に絡めとられた。

   「銀龍はん、無理せんといてな」
   「大丈夫大丈夫。何も心配することはないさ」




       ◇◇




    少しずつ、少しずつ運命の歯車は廻り始める。


 朝の忙しい時間帯、病院に出勤する銀龍の時計代わりに点けられたテレビでは、さる女優と俳優の熱愛報道を繰り返していた。あまり芸能面に詳しくない勘兵衛にとっては興味の無い話題である。ちらりと表示された時計を見ればそろそろ離れの支度をしなければならない。島田家では、無駄に広い邸の離れを華道や茶道、日舞の稽古場として貸し出している。それに今日は、勘兵衛自身も副業である書道家としての仕事をする予定だった。

 仕事場に使っている座敷に勘兵衛が引き上げた後、誰もいない居間のテレビでは相変わらず芸能面のニュースを報じていた。今度の話題は今週末に公開される映画の試写会の話である。


   『現在、話題沸騰中の俳優、河西七郎次さんは、
    自身の出演した映画の試写会に登場し…』




   〜 to be continued 〜  09.12.07.


  *おおう、何だか意味深な結びですね。
   いよいよ、真打登場ということなのでしょか。
   ドキドキしつつ、続きをお待ちしておりますね?

  *拙作 『
はじまりへの終焉』へ続きます。(09.12.08.)


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